キャッツがつまらないという意見も理解できるが、私の思うキャッツの面白さを聞いて欲しい
※こちらは、劇団四季のキャッツの感想です。
ただいま上演中の映画キャッツの感想はこちら
こんにちは、りっこです。
ミュージカル、キャッツが大好きです。
キャッツのために劇団四季の友の会にも入ったし、
今月は2回観に行くし。
ミュージカルというかキャッツが好き。
でも、実はキャッツって熱烈なファンが多いながらも「つまらない、何が面白いかわからない」
という意見が多いミュージカルの一つでもあります。
わかる。わかります。
今回は、「私はキャッツが大好きだけどキャッツの面白さがわからないという意見も良くわかるよ。でも私が思うキャッツの魅力についてもちょっと聞いて欲しい」
ということを書いただけの記事です。
キャッツはつまらない?
私にとってキャッツは最高。
私はキャッツが大好きですが、劇団四季のキャッツを観てつまらない、と感じる人のことを否定するつもりは全くありません。
キャッツをつまらないと感じてしまう原因は一体なんなんだろう?と考えてみました。
キャッツがつまらない、と思う要因としては…
・ちゃんとしたストーリーがない
・冷静に見ると突っ込みどころが満載
ってところですよね。
あと人によっては
「人(役者)が猫に扮しているのが、なんとなく受け入れられない」
という意見も耳にします。
まあこれは
「ミュージカルって突然歌いだすのが意味わからない」
という理由でミュージカルを受け付けない人と同じ感覚だと思います。
こればっかりは、仕方がありません。
私もスポーツ観戦の楽しさがわからないようにキャッツの楽しさがわからない人がいるというのは当たり前の事です。
しかし「ミュージカルって突然歌いだすから嫌い」派の人にはむしろキャッツは向いている気がします。
キャッツの舞台は「ジェリクル舞踏会」歌ったり、踊ったりするのに必然性があるので、突然歌いだしても不自然に感じることはありません。
キャッツのあらすじ
そもそも、キャッツのストーリー、あらすじとはなんとやら?
ってところだと思います。
キャッツに関してはネタバレしても面白さが半減しないと思いますので、
この先、ネタバレを含みます。ご容赦ください。
一言、超簡単にキャッツのあらすじを説明してみると…
「様々な猫が紹介され、嫌われていた娼婦猫(グリザベラ)が最後はみんなに受け入れられ、天上に昇るジェリクルキャッツに選ばれる。」
全く意味が分かりませんね。どういうこっちゃって感じですね。
もう少し、詳しく説明してみましょう。
場所はとあるゴミ捨て場。
今宵はジェリクル舞踏会という舞踏会の日。
ジェリクル舞踏会のこの夜、天上へ上り、新しい命を得ることのできる一匹の猫ジェリクルキャッツが選ばれる夜でもある…。
舞踏会に集まった猫たち。様々な生き様の猫の人生が歌と踊りによって紹介されていく。
そんな中、マキャヴィティという犯罪猫の脅威を感じたり、
グリザベラ(メモリーで有名)という年老いた娼婦猫がみんなの仲間に入りたそうにやってくる。
猫たちはグリザベラを嫌い、威嚇し仲間に入れようとしない…。
尚も、猫たちの紹介が続く。
そんな中、とうとうマキャヴィティに長老猫、オールドデュトロノミー(ジェリクルキャッツを選ぶ猫。長老でみんなに慕われている)が攫われてしまう。
長老猫を探そうと決心する猫たち。
マジシャン猫、ミスターミストフェリーズが出てきて、
マジックによって長老猫を取り戻す。
よかったよかった、となっているところに、グリザベラが登場する。
グリザベラがメモリーを歌い、猫たちはグリザベラを受け入れる。
そしてグリザベラが天上に昇るジェリクルキャッツに選ばれ、天井へと昇っていくのであった…。
以上。キャッツのあらすじでした。
劇的な展開があったり、感動的なストーリーというわけではありませんね。
あらすじを見ただけだといまいちピンとこないというか、
なんなんだ、この話は??だから何なんだ?何が言いたいんだ?意味わからん。
と思うのも無理もないです。
もともとキャッツはT.S.エリオットという詩人「キャッツ ポッサムおじさんの猫と付き合う方法」
という詩集が原作です。
なのでワクワクするような展開のあるストーリーにはならないんですね。
思うに、キャッツはストーリ―自体を楽しむものではないと思っています。
むしろ、ストーリーがないからこそ、長い間、みんなに愛されているのでは?とすら思います。
キャッツの良さ、最高さは、後で語らせていただくとして、
まずはキャッツをつまらないと感じる要因である、あらすじやその他突っ込みどころについて紹介します。
キャッツは冷静に観ると突っ込みどころ満載
真面目にストーリーを追うと、突っ込みどころが満載です。
はじめに言っておきますが私はキャッツが大好きです。
その上で突っ込みを入れます。
1.ラム・タム・タガー さほど突っ張り猫じゃない件
ラム・タム・タガーという超カッコイイ猫がいます。
彼は、寒いときには焚火して、暑いときには厚着する。
という何とも天邪鬼な性格な猫です。
しかしこのタガー。このジェリクル舞踏会にもばっちり参加しているし、
中心的にはしゃぐ事はなくても遠巻きにダンスや歌に参加していることも多いし…。
なんだかんだで、いい子じゃん!
と思えるんですよね。
ミストフェリーズ(マジック猫)の時にはノリノリどころかソロパートあるし。
本当の「突っ張り」なら、そもそもこんなジェリクル舞踏会なんていう集まりに来ないのでは??(元も子もない・・・)
まあ、そこが可愛いくて大好きなんですけどね。
ただ、「突っ張り猫」という性格なのか、
ダンスの時にみんなとは違う向きを向いていたり、
みんながペアでダンスを踊っているとき一人で観ているだけだったり…
でもその様子がちょっと寂し気に観えたりして。
なんだか素直じゃないちょっと不器用な可愛い猫だなあと私は個人的に思ってます。
2.マキャヴィティ 手ぬるくない?
次に犯罪猫マキャヴィティについて。
マキャヴィティは史上最悪の犯罪猫です。
完全犯罪が得意で、犬を切り裂いたりしちゃう。
殺人現場にマキャヴィティイズノットゼア。
つまり、殺人が起こったときにはマキャヴィティは現場にはもういない…。
犯罪者たちの王座にいるほどの猫です。
そんな彼が、なぜせっかく誘拐したオールドデュトロノミーを無事に返したのか…。
冷静に突っ込みを入れると謎です。
私がマキャヴィティならさっさと片付けてしまっています。むろんオールドデュトロノミーをです。
オールドデュトロノミーが長老で尊すぎて始末できなかったという可能性もないわけではありませんが…。
それともちょっかい出したかっただけ?意外と可愛い犯罪王もいたものです。
3.グリザベラの事嫌いすぎ。
娼婦猫グリザベラをみんな嫌いすぎです。 無視するだけじゃ飽き足らず、歩み寄ったかと思いきやひっかいてみたり、
(猫にもよりますが)
もはやいじめの域です。親の仇かってくらい嫌われてます。
ただみすぼらしくて、汚らわしく、娼婦という存在を侮蔑するにしてもやり過ぎな感じはします。
4.しかし、あっさり受け入れられるグリザベラ
しかし、物語の後半。
グリザベラはみんなに受け入れられます。
手のひらを返したかのように優しく向かい入れる猫たち。
メモリーは劇中の前半、後半とうたわれる歌なのですが、
メモリーの前半部の歌詞では
メモリー 仰ぎ見て月を
思いでをたどり 歩いてゆけば
出逢えるわ 幸せの姿に 新しい命にメモリー 月明りの中
美しく去った 過ぎし日を思う
忘れない その幸せの日々
思い出よ 還れ
と、グリザベラは美しかった過去の思い出を懐かしんでいるだけ。
しかし、後半部の歌詞では、
デイライト 夜明けとともに
新たな命を 日はもう昇る
この夜を思い出に渡して 明日に向かうの
と、過去にすがるだけではなく、前をみようとしていることが伺えます。
そんなグリザベラの心の変わりを見て、猫たちは彼女を受け入れ、ジェリクルキャッツにも選ばれるのです。
グリザベラは年老いた娼婦猫。
おそらく、「死」も近いのでしょう。
(天上に上る猫=死んで新しく生まれ変わる という解釈もありますしね)
そんなグリザベラが「死」を直前にして、自分の人生を振り返り、
本当の幸せに気づく…
それがメモリーという歌だと思います。
うんうん。感動的。わかるわかる。キャッツは祈りと救いの再生の物語なんだよね…。
と、キャッツにイカれちまってる私は思いますが、冷静に見ていたらそうはならないでしょう。
「おいおい、みんな手のひらを返したようだな
受け入れるの早すぎ」
となる気持ちもわかります。
5.猫は犬にあらず
「猫は犬ではありません。」
そんな当たり前なことを、物語の最後の歌「猫からのごあいさつ」で歌っています。
いや、この歌には、
キャッツの中で紹介した「猫」は、私達人間の姿と似ている、同じ部分もある。
本来の自分自身を探してみよう、自分らしく生きよう…
猫は魂の本来の名前を求めている…(そして人もそれは同じでしょう)
とか、色々伝えたいことはあるんでしょう。
ですが歌詞だけ見てしまうと
「猫は犬にあらず」
と、大真面目に歌うものだから、ちょっと噴出してしまうのもわかります。
以上。キャッツを冷静にストーリーを楽しもうとすると突っ込みたくなる突っ込みどころを5つ紹介しました。
それでもキャッツは面白い
と、キャッツ好きの人が聞いたら怒り狂いそうなキャッツの突っ込みどころを挙げてしまいました。
が、そんな突っ込みどころも無視できるほど、私にとってキャッツは素晴らしいのです。
これがストーリーを楽しもうと思ってみている演劇やミュージカルであれば、最悪です。全く面白くありません。
ですがキャッツは違うのです。
キャッツは演劇でもミュージカルでもない「キャッツ」という唯一無二の何かなのです。
便宜上「ミュージカル」というジャンルに入っているにすぎません。
もはや、何を言っているのか意味がわからないでしょう。私もわかりません。
キャッツを観に行くとき、ミュージカルを観に行く気持ちでも、演劇を観に行く気持ちでも、映画を観に行く気持ちでもありません。
「ジェリクル舞踏会」を覗かせていただく
という心持ちなのです。
「猫たちの生き様」を観させていただく
それがキャッツなのです。
何度見ても、同じように感激します。
何度見ても、なぜか違う気持ちが湧いてくる。
キャッツは、個性的な猫たちの生き様を感じることができます。
そして、観ている人はみんなそれぞれ、自分自身のこと、自分の人生、家族の人生、友達に思いを馳せているのです。
初めて見たときは、突っ張り猫タガーの生き様にひたすら憧れ、恋をしたし、
次に見たときは劇場猫アスパラガスに心動かされたし、
結婚してから初めてみたキャッツではおばさん猫のジェニエニドッツに母と被るところがあるなあと涙ぐんでみたり。
キャッツ劇場が満席になるほどのお客さんたち。
観ているものは同じでも、心に映っているものは多分みんな違う。
痛快愉快なストーリーがあったら、こうはいかないでしょう。
キャッツは何度観ても飽きません。
それが、人々に30年も愛されるミュージカルになっている要因の一つなのでしょう。
この先も私はキャッツを観続けることでしょう。
キャッツのストーリーは変わりません。
でも、観るたびに私にとっての姿を変えるキャッツが楽しみでなりません。
もしもいつか、子供が産まれたら、そのあとに観るキャッツはどんなだろう?
何か人生で新しいことを始めたとき、そこで観るキャッツはどんなだろう?
自分の子供が巣立っていくときに観るキャッツはどんなだろう?
大切なものを失ったあとに観るキャッツはどんなだろう?
自分の人生のまとめともいえる年齢に差し掛かったときに観るキャッツはどんなだろう?
ああ、楽しみです。楽しみしかありません。
キャッツを観る楽しみは、自分が年老いていくことの喜びのひとつなのです。
なので、これからもロングランし続けて欲しいと願わずにはいられません。
とかなんとか、私のキャッツの好きなところを書きましたが、
もっと的確に、わかりやすく、キャッツの面白さ、
ストーリー性、ドラマティックな要素を解説してくれている本がありました。
こちらの本。読みました。
一気に読んじゃいました。ミュージカルのキャッツにハマったら、この本でキャッツやエリオットのことを詳しく知ると得も言われぬ快感を味わえると思います。
キャッツがつまらなかった人にも、ぜひこの本を読んでからもう一度観ていただきたい…!!
キャッツの役者さんの推しはない
熱く、キャッツについて語ってしまいましたが。
私以上のキャッツファンの人は五万といるでしょう。
そしてキャッツの楽しみ方のひとつは「演じる役者さん」による違いを楽しむ、というのもあると思います。
キャッツ関連のブログを読み漁っていると、
「〇〇さんのタガーがやっぱりカッコイイ!」
とか
「●●さんのミストフェリーズは最高!」
などなど、それぞれ好みの役者さんがいる人が多いんですよね。
「今日は●●さんがミストフェリーズだ!嬉しい!」
とか、そういう楽しみ方もできるんですよね。
それも素晴らしいですよね。
残念ながら、私はその域には達していません。
キャッツを演じる役者さんたちは本当に尊敬します。
素晴らしいダンスと歌、人を感動させる力…。
いつも、素晴らしいキャッツをありがとうございます、とお礼を言って回りたい。
ですが、たぶんこの先、私に押しの役者ができることはないかなあと思ってます。
もう、全員、尊い。
役に、演じる人の個性が出るのはとても良いと思う。
でも、キャッツを観ているときに、演じている役者のことは考えたくないのです。
私は役者を観に行っているわけではなくて、ジェリクル舞踏会にて、猫たちを観に行っているのだから。
そして、猫を演じる役者さんのことを気にしないことが、
全身全霊でキャッツを演じる役者さんへの私なりの敬意でもある。
なので、キャッツを観て劇場から去るときに
「今日のミストは●●さんだったんだね~。やっぱ〇〇さんの方が回転がきれいだわ~」
などという他の観客の感想を聞くと、すごくがっくり来る。
好みなので●●さんより〇〇さんが好きなのは全く構わない。
ダンスのキレや歌のうまさなど、みんなレベルが高いながらに、役者さんの得手不得手があるのもわかる。
・・・が、劇場内では言わないで欲しい。
私のように自分のブログに好き勝手書き散らかすか、せめて劇場の外に出てから言って欲しい。
ちなみに私は、というと、
キャッツを観終わった後、一緒に観に来た友達や家族なりと
「いやー、すごかったね。良かったね。
すごかった。感動した。きれいだった。
ヤバイね。本当ヤバイ。また観たいね。
絶対また観にこようね。最高だね。素晴らしすぎるね。」
と、感想文にして提出したら先生に呼び出されるレベルの感想しか口にしない。
というよりできない。冷静な思考が、できない。
そして、最終的に無言になる。
放心状態でぼーっとしながら電車に乗って帰る。
とりあえず、キャッツは最高 一度は観て欲しい
キャッツについて好き勝手に書き散らかしていたらまとまらなくなってしまいました(笑)
とにかく、キャッツは最高です。
つまらない、という人の意見も理解できますし、
それはもう感性が違うのだから無理に好きになる必要もないし、
キャッツが好きじゃないからって人生を損しているわけではありません。
でも、「キャッツなんてつまらないよ」と人に言われたからキャッツを観に行くのをやめようかな…と思っている人には言わせてください。
後生だから、一度だけでいいから、観に行っていただけませんでしょうか?お願いします。
と。
一度も観ずにキャッツをつまらないものとして扱うのはもったいなさすぎるのです。
今上演中のキャッツシアター(東京、大井町)なら、一番安い席でもそれほど舞台と遠くなく、満足できる造りになっています。C席3,240円で観ることができます。
とりあえず、一度だけ、足を運んでみてはいかがでしょうか。
人生が変わるかもしれないし、まったく変わらないかもしれませんが、その価値はあると思ってます。
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